先日テレビの討論番組で、美人も損することがあるという話題が取り上げられていた。誰がどう考えても美人は、そうでない人と比べて得だと思うのだが、意外とそうでないこともあるらしい。会社の面接試験で、美人は社内の風紀を乱すおそれがあるという理由で、はなから採用しないというところもあるという。又会社に入ったら入ったで、会社の内外で、常にセクハラにつきまとわれるし、会社内で、そそうをすると美人でない人はその場で流されるが、美人は３日間は噂されるという。確かに、そんな緊張感の中で仕事しなければならないなんて、気の毒だと思う。
では美人でなく美男だったらどうだろう。私は、ふとある話を思いだした。高校のときの同級生の石〇君の友人の話である。その友人に私は面識がなかったが、石○君と会うとよく彼の話が出てきていたので、なんだか他人のような気がしなくなっていた。
石○君は、千葉大学工学部に入学した。その同じクラスにその友人である鈴○君がいた。今のように、ファッションといえば茶髪、ガングロ、ピアスといった、なんでもありの時代と違い、我々が大学に通った２０年程前は、せいぜいフォークソングの名残で、長髪にするくらいであった。そんな中、堅いイメージの国立大学の、それもさらに堅そうな工学部の学生で、パーマをかけて、（当時としては）はでな服装で現れた鈴○君は、完全に周囲から浮いていたという。
「初めて、あいつを見たとき、正直言って俺はひいたよ」
石○君はそういった。だが、それは最初だけだった。生徒がうちとけるようになると、瞬く間に鈴○君は人気者になった。とにかく、話がおもしろいし、いっしょにいて楽しいらしい。鈴○君は、人を笑わせたり、面白がらせるのが大好きだったという。そんな具合だから、いつも彼の回りには人が集まってきていたという。卒業後同窓会を開こうという話になったとき、クラスメイトは、「鈴○が（幹事を）やるんだったら行こうか」という具合だったという。男に慕われるくらいだから性格も良かったのだろう。
では彼は女性にもてたのだろうか。これが、もてたなんてもんじゃなくて、ウルトラもてたらしい。なにしろ背はすらりと高く、甘いマスクの美男で、話はおもしろいし、男性にも人望もあるし、一流の国立大学に進学するほどの頭脳の持ち主だ。これがもてないはずがなかった。
そんな鈴○君が、同棲するはめになった。石○君が特に美人でもない女性となぜ？と聞くと、
「いやあ、それがね。勝手に俺の部屋に住み始めちゃったんだよ」
という。この鈴○君の意向を無視して、勝手に同棲した彼女をＡ子さんと呼ぼう。鈴○君にとって不幸だったのは、このＡ子さんが、異常なやきもち焼きだったことだ。なにしろ二人で歩いていると、すれ違う女性の視線が鈴○君に注がれることに対して怒り出す始末だ。最初の頃はよかったが、しばらくすると鈴○君とＡ子さんは、しょっちゅうケンカするはめになった。Ａ子さんと二人だと、息のつまるような状態になるので、鈴○君は、よく石○君を誘って徹マンをしたという。石○君が帰ろうとすると、「たのむ、もうちょっといてくれ」と言って懇願したというから、よほどＡ子さんと二人になるのが、嫌だったようだ。
ほおっておいても女性が寄ってくる鈴○君だから、このまま収まるはずがなかった。うさばらしに行った新宿のディスコで踊っていたら、女性が寄ってきてあっと間に、その日のうちにいい仲になってしまった。石○君によると、この女性は、芸能界でも充分通用するくらいの’えらい’美人だったという。しかし何の因果か、この女性のことがＡ子さんにばれてしまったのだ。しっと深くヒステリー持ちのＡ子さんが、爆発したのは言うまでもない。死んでやるとばかりに、車に乗って下り坂で、アクセルを踏み込んで前の車に追突してしまったという。前の車は、その前の車に衝突して二重衝突となった。幸い命に別状はなかったが、若い女性としては、致命的な傷が顔にできてしまった。医者に鈴○君はこう言われたという。
「この傷跡は一生残りますよ。若い女性だし、君、どうするんだね」
鈴○君は煩悶したに違いない。男らしく責任を取るべきか、でも一緒にいてケンカばかりしている女性と一生暮らすなんて地獄だ。鈴○君は、悩みを石○君によくもらしていたという。そんな鈴○君に、追い打ちをかける問題が持ち上がった。ディスコで一夜を供にした女性が、「子供ができた」と鈴○君にせまってきたのである。
万事休すである。
悩んで疲れ果てた鈴○君の相談に、石○君は、真剣にこうアドバイスした。
「鈴○！逃げろ！ 日本じゃいずれ見つかる、外国に逃げろ！」
結局この話の顛末はどうなったかというと、ディスコの女性の妊娠は狂言だったそうだ。鈴○君をなんとか自分のものにしようと嘘をついたのだった。そして、Ａ子さんとも別れることが出来たという。私はこの話を聞いたとき、よく別れることが出来たもんだと感心してしまった。おそらく、別れるまでに切った張ったの修羅場は２，３回では済まなかったと思うが、石○君もその辺の事情はよく知らないらしい。
その後、二人とも無事大学を卒業し、会う機会もめっきり減ってしまった。私と石○君も会う機会も減ったが、卒業後数年して久々に石○君に会ったとき、ふと思い出して鈴○君は元気かな、と聞いてみた。すると、
「鈴○、死んじゃったよ」
といわれて、たまげてしまった。石○君から聞いた鈴○君のその後を話そう。
鈴○君は大学卒業後、無事就職したが、女性のトラブルは尽きることがなかったという。とにかく彼が何もしなくても、常に女性が集まってきて、その女性どうしで鈴○君の奪い合いが始まるのだ。当然彼を巻き込んだ修羅場が展開される。ある女性はビルの屋上から飛び降り自殺をはかったという（その女性は、死には至らなかったらしい）。そして就職して２年程たった夏の夜、心身ともに疲れ果てた鈴○君は自動車の隙間をガムテープで密閉し、排気ガスを車内に引き込んで睡眠薬を飲むというガス自殺を計ったのだった。幸いそのときは通行人に発見され、警察に通報されたので未遂で終わった。警察官から、「若いみそらで、馬鹿なことするんじゃない」と、こんこんと説教されたという。だが、その年の秋、同じ手口で自殺をはかり今度は成功してしまった。
通夜にでた石○君に、鈴○君の母は、こうもらしたという。
「結局、あの子は女に殺されてしまったんじゃねえ」
こうなってしまった原因が鈴○君を好きになった女性だけでないのは明らかだ。彼自身にも問題があったに違いない。だが、（自分も含めて）世の多くの、たいしてもてない男性諸氏が、もし鈴○君の立場におかれたらどうなるだろうか。
こちらから何のアプローチもしないのに、みめ麗しき美しい女性が自分に集まってくるのである。狂わないほうがどうかしている。集まってきた美女に、毅然としてお断りし続けるなんて、ニューハーフか病気か、そうでなければ化け物だ！
そう考えると、さしてもてない我々の人生も、それなりにいいのかもしれない。それでもあなたは、「とり殺されてもいい。一生に一度でいいから、そんな目にあってみたい」と言うかもしれない。その気持ち、正直いってわからなくはないです。
（２００１年１月１８日）